諸国順覧 懐宝道中記

番号 135
名前 諸国順覧 懐宝道中記
読み しょこくじゅんらん かいほうどうちゅうき
サイズ(cm) 270.0 x 15.3
彩色 木版 手彩色
作者 (項目なし)
版元 千鐘房 須原屋茂兵衛・盛文堂 前川弥兵衛
作成日 文化5年
作成日 1808年
地域 日本
解説 江戸時代に街道を主題として描かれた道中図の一種。とはいえ、大部分は街道毎に宿場が順番に羅列された道中記的記載に留まり、部分的に道中図が挟まれている。表裏に印刷された折り本形式を採る。表の第一紙は、その中央に「諸国順覧 懐宝道中記」と記されている。その右上に表側について「江戸ヨリ東海道、京大坂、長崎迄。尤、伊勢・大和・其外名所廻リ道等、一目に見る也」とあり、その下に「秋葉鳳来寺道、伊勢参宮道法、伊勢ヨリ大和廻り之図、大坂ヨリ西国道法、四国並金比羅道、大坂ヨリ長崎航路、薩摩鹿児島道、対馬・朝鮮航路図、甲州並身延山道、富士・大山参詣道、鹿嶋・香取参詣道、上総・房州銚子道」と羅列されている。ここに明記された諸街道を基本とし、それに随伴する道を枝葉の如く、挿入する形式を採っている。名所絵図的なスケッチ画も散見される。そして、羅列されたリストの中で図とある2点と「四国並金比羅道」が道中図的な表現を施され、見開き2ページ分をとっている。このリストのうち、「対馬・朝鮮航路図」は、実際の表題で「長崎海辺航路略図」とされ、対馬を含む島は長方形、九州はいくつか四辺形を組み合わせた形で、破線で航路を示して距離を注記した程度の、文字通りの略図となっている。そして、残る2図は、道中図でいくつか分類される中で最も一般的な「図形式」であると言えよう。一方、第一紙に戻って、裏側については表題の左上に「京ヨリ木曽路を下り千住エ出、夫ヨリ奥州・松前迄。但シ、北国筋、横道、濱通り等迄、委く記す」とあり、その下に「越前福井道中、信州善光寺道中、加賀金沢道中、越後新潟・佐渡道、下野日光道中、常州水戸街道、会津通り越後道、出羽米沢道中、小坂越エ秋田道中、奥州岩城濱通り」とリストアップされている。いくつかに分類できる道中図の中でも、国土地理院の古地図コレクションは絵地図式道中記が多いが、本絵図はやや異質なのである。なお、板元の「千鐘房」とは地図の出版で有名な須原屋茂兵衛を指す一方、「盛文堂」は前川弥兵衛の屋号である。高木元氏が作成されたリストによると、前川は、文化2年(1805)を皮切りに、曲亭馬琴・山東京山(京伝の実弟)などの読本を出している。今井金吾監修『道中記集成』23巻(1996年)所収の「諸国順覧 懐宝道中図鑑」は、表題こそ変わっているが、文政9年(1826)再版本と見なされ、その板元は茂兵衛のみである。
要約 江戸時代に街道を主題として描かれた道中図の一種で、大部分は街道毎に宿場が順番に羅列された道中記的記載に留まり、部分的に道中図が挟まれている。表裏に印刷された折り本形式。表の第一紙に、内題の右上に表側について「江戸ヨリ東海道、京大坂、長崎迄。尤、伊勢・大和・其外名所廻リ道等、一目に見る也」等と記載されている通りであり、随伴する道が挿入される形式を採っている。名所絵図的なスケッチ画も散見される。版元の「千鐘房」とは、須原屋茂兵衛のことである。
キーワード 道中図、宿場、道中記、折り本、千鐘房
参照 今井金吾「旅とともに発展した道中図」(吉成勇編『江戸時代「古地図」総覧(別冊歴史読本・事典シリーズ15)』新人物往来社、22巻33号、1997年)146-153頁。今井金吾監修『道中記集成』大空社、23巻(1996年)。高木 元『江戸読本の研究-十九世紀小説様式攷-』ぺりかん社(1995年)。矢守一彦『古地図への旅』朝日新聞社(1992年)。

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