大日本沿海略図

番号 158
名前 大日本沿海略図
読み だいにほんえんかいりゃくず
サイズ(cm) 78.4 x 72.3
彩色 木版 色刷 
作者 勝海舟
版元 (項目なし)
作成日 慶応3年
作成日 1867年
地域 日本
解説 慶応3年(1867)に木版印刷で刊行された日本図で、作者は勝海舟(かつ かいしゅう、1823~1899)である。図中にある図名「大日本沿海略図」の文字方向からすると、本図はこの図版とおり、南を上にした日本図とみなさなければならない。しかし、図中の地名などは北方向を上にした形式で記述されており、地図を手にとって見る場合は方位の北を上にして、つまりわれわれが慣れ親しんでいる方向で見なければならない。実は、この図の源流は伊能忠敬(いのう ただたか、1745~1818)の日本地図にあった。伊能図がいったん外国に渡り、英語訳され、それが日本に逆輸入されたのである。つまり、文久元年(1861)にイギリスの軍艦が日本沿岸の測量しようとした時、幕府は攘夷運動の激化をおそれ、伊能忠敬が測量して作成した日本図から写図を作成し、それを渡して測量を中止させた。この時に持ち帰った日本図を基に、イギリス本国で「日本と朝鮮近傍の沿海図」という地図が文久3年(1863)に刊行された。この図には新たに沿岸部の水深が数字で記されており、海軍操練所を開き近代的航海術を教授していた勝海舟が、この図を見て日本に必要な海図として翻訳させ、木版色摺りで出版させたという次第である。江戸時代に刊行された日本図の中では最も正確な姿をしている。図の右上に四カ所の港が別図で掲載されている。右から江ノ浦、戸田浦、安良利浦、田子浦で、いずれも静岡県の駿河湾に所在する港である。それぞれの港の北緯度と東経度が記されているが、これらの図はイギリスでの原図にあったものである。
要約 慶応3年(1867)に木版印刷で刊行された日本図で、作者は勝海舟である。実は、この図の源流は伊能忠敬(1745~1818)の日本地図にあった。伊能図がいったん外国に渡り、英語訳され、それが日本に逆輸入されたのである。この図には日本沿岸部の水深が記されており、海軍操練所を開き近代的航海術を教授していた勝海舟が、日本に必要な海図として翻訳させ、木版色摺りで出版させたのである。
キーワード 勝海舟、伊能忠敬の日本地図、日本沿岸の測量
参照 長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観ⅩⅩⅥ 大日本沿海畧図」国土地理院広報、第347号(1997年)。

ページ上部へ