アジア図

番号 164
名前 アジア図
読み あじあず
サイズ(cm) 59.3 x 45.1
彩色 銅版 手彩色
作者 (項目なし)
版元 ブラウ(ウィレム・ヤンソン)
作成日 (項目なし)
作成日 1635年頃
地域 アジア
解説 オランダのブラウが出版した世界地図帳に載せられたアジア図。ブラウとは、ウィレム・ヤンソン(1571~1638)が1620年代から用いるようになった別名であり、ラテン語ではセジウスという読みになる。彼は、228の図が載せられた地図帳の出版元であるヨドクス・ホンディウスの娘婿となって出版社を手伝ったヤン・ヤンソン(1588~1664)とは別人で、二人の間に姻戚関係はない。しかし、そのヤン・ヤンソンから1629年にホンディウスの原版の一部を譲り受け、息子ヨアン・ブラウの協力を得て1631年に『A.オルテリウスの舞台およびG.メルカトルのアトラスの補遺』と題して刊行した。オルテリウスやメルカトルの模倣に過ぎないというヤン・ヤンソンによる批判に応え、1635年には2巻本の地図帳を発行し、『世界の舞台または新アトラス』と名付けられた。ラテン語版の他に、オランダ、ドイツ、フランス語版も出版している。このアジア図は、この1635年の地図帳に収載されたと考えられる。ウィレム・ブラウの作品に典型的な装飾的枠が付けられ、独自に制作された図である。その装飾的枠には人物や都市が描かれている。とはいえ、地図の内容自体を見れば、ホンディウスのアジア図(1623)に酷似している。日本列島についても、朝鮮半島とともに、1595年のテイセラ図に拠ったらしい。日本北方に北海道に当たる島はなく、この頃までアジア東北部が未知の土地であったことが判る。なお、ウィレムは1638年に亡くなったが、息子のヨアンは、弟のコルネリウスや後には息子達の協力も受けて、1640年に第3巻など、年を追って巻数を増やし、1662年に第12巻で完結させた。約600図を含むフォリオ判の大冊の地図帳であり、『大アトラス』と命名した。
要約 オランダのウィレム・ブラウ(1571~1638)が出版した世界地図帳に載せられたアジア図。彼は、ヨドクス・ホンディウスの娘婿となって出版社を手伝ったヤン・ヤンソン(1588~1664)から1629年に彼らの原版の一部を譲り受け、息子ヨアン・ブラウの協力を得て1635年には2巻本の地図帳を発行したのである。彼の作品に典型的な装飾的枠が付けられ、独自に制作されたとはいえ、地図の内容自体は、ホンディウスのアジア図(1623)に酷似している。
キーワード ウィレム、ブラウ、ヤンソン、ホンディウス、アジア図
参照 織田武雄『古地図の博物誌』古今書院(1998年)。長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観Ⅵ ブラウの地図帳よりアジア図」国土地理院広報、第325号(1995年)。OAG・ドイツ東洋文化研究協会編『西洋人の描いた日本地図-ジパングからシーボルトまで-図録』OAG・ドイツ東洋文化研究協会(1993年)。

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