改正人国記 下

番号 165
名前 改正人国記 下
読み かいせいじんこくき げ
サイズ(cm) 17.9 x 25.4
彩色 木版
作者 木齋平祖 奥
版元 星文堂 浅野屋弥兵衛 蔵
作成日 江戸時代後期
作成日 (項目なし)
地域 日本
解説 「改正人国記」は上下2冊からなり、5畿7道の順に国ごとの風俗や気質を記述し、あわせて1国ごとの国絵図を掲げたものである。下巻には山陰道8国、山陽道8国、南海道6国、西海道9国と2島(壱岐、対馬)で終了する。そもそも本書には原本があり、それは著者名未詳で、16世紀前半の享禄~天文頃の成立と推定される『人国記』である。それを関祖衡が元禄14年(1701)に、按文や風土学的考察を加えた跋文などを加え、さらには各国国図を添えて改編した。本書の奥書に見える木齋平祖とは関祖衡のことである。関祖衡は正保から享保の頃に活躍した越前の人で、姓は平、字は平二、または権平、木斎または犀水・井水とも号した。元禄14年版「人国記」が後に再版され、文化10年(1813)本ではタイトルが「改正人国記」となり、国図の中の地名が豊富になる。本資料はこの文化10年本で、出版書肆は江戸の須原屋茂兵衛と大坂の浅野屋弥兵衛である。 「人国記」の諸国図は主要な城下町や町、河川や山、寺社などが簡略に示され、一見、稚拙な印象を与えながらも、案外に国の図形や地形・地物の地理的位置は正しく捉えられている。元々の著者である関祖衡は、「人国記」の刊行に先立ち、元禄9年(1696)に日本全国に及ぶ地理書である「日本分域指掌図」を編んでいる。「改正人国記」の各国図は、60余州の過半は1国1図に載せてあるが、次の諸国の図は2ないし数頁にわたっている。2頁:伊勢、三河、遠江、武蔵、下総、常陸、美濃、上野、石見、安芸、紀伊、阿波、筑前、豊後、日向。3頁:信濃、土佐、肥後(別図天草を含み三頁)、大隅(別図種子島・屋久島を含み)。4頁:出羽、越後、伊予、肥前(別図5島を含み)。5頁:薩摩(口永良・トカラを含み)。9頁:陸奥(松前の一部を含み)。
要約 「改正人国記」は上下2冊からなり、5畿7道の順に国ごとの風俗や気質を記述し、あわせて1国ごとの国絵図を掲げたもの。下巻では山陰道8国、山陽道8国、南海道6国、西海道9国と二島(壱岐、対馬)で終了する。「人国記」の諸国図は主要な城下町や町、河川や山、寺社などが簡略に示され、一見、稚拙な印象を与えながらも、案外に国の図形や地形・地物の地理的位置は正しく捉えられている。元々の著者である関祖衡は、「人国記」の刊行に先立ち、元禄9年(1696)に日本全国に及ぶ地理書である「日本分域指掌図」を編んでいる。
キーワード 風俗、気質、人国記、関祖衡、浅野屋弥兵衛
参照 矢守一彦『古地図への旅』朝日新聞社(1992年)。矢守一彦『日本国誌資料叢書関係国絵図大日本輿地便覧抄』講談社(1977年)。

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