世界図

番号 170
名前 世界図
読み せかいず
サイズ(cm) 60.9 x 52.3
彩色 銅版 手彩色
作者 ゾイッター
版元 アウグスブルク刊
作成日 (項目なし)
作成日 1730年頃
地域 世界
解説 地図作製と出版・刊行の歴史において、17世紀前半にはオランダが黄金期を迎えるが、17世紀後半以降はフランスへと移ってゆく。そして、18世紀のドイツも無視できない存在である。特にアウグスブルクは都市図や風景画などの彫版と刊行の面において、センターとも言うべき役割を果たしている。その主役がJ. B.ホーマン(ニュルンベルク地図出版者)のもとで修行しアウグスブルクで営業を開始した、本資料の出版人M.ゾイッターなのである。彼は都市図の刊行を主としたが、オランダの東洋学者レランドの日本図を改訂出版し、世界地図も刊行した。 本資料を見ると、両半球世界図の上下に「北極中心図」や「南極中心図」、また「ヨーロッパを中心とした図」と「ヨーロッパの対蹠地を中心とした図」など、8付図が取り巻いている。また、17世紀の世界地図に比べて、「四季」の擬人化像などの図上装飾物は無くなっているが、世界地図周囲には風を吹き出す風神が多数描かれている。これらは15世紀に復活したプトレマイオス世界図などにも見られるが、風の方向をもって方位を意図しているのだろう。 太平洋北側の北米大陸から日本北方にかけての地域は、地図的に不確かな状況が見て取れる。カリフォルニア半島は島として描かれ、北米大陸の北西部は不鮮明で、大きく広がっている。また、日本列島の北部にはコンパニースランド(Compagnie Land、現ウルップ島)が描かれている。このことから、1643年のフリース隊の探検成果を取り入れていることが判明するが、北海道(エゾ「TERRA YEDSO」と記される)の姿は極端に大きく、しかも本州とつながっている。一方、四国と九州は小さく描かれており、ヨーロッパの地図作製者にとって、日本列島および北方地域がいまだテラインコグニタ(未審地)であったことが理解できる。また、オーストラリア大陸もタスマニア島の一部が描かれるが全体像は明示されず、ニューギニア島との関係も不鮮明である。
要約 両半球世界地図の上下に「北極中心図」や「南極中心図」など、8付図が取り巻いている。また、17世紀の世界地図と異なり「四季」の擬人化像などの図上装飾物は無くなっているが、世界地図周囲には風を吹き出す風神が多数描かれ、方位を意図しているのだろう。太平洋北側の北米大陸から日本北方にかけての地域は、地図的に不確かな状況が見て取れる。特に、北海道(エゾ「TERRA YEDSO」と記される)の姿は極端に大きく、しかも本州とつながっている。ヨーロッパの地図作製者にとって、日本列島および北太平洋地域がテラインコグニタ(未審地)であったことが理解できる。
キーワード アウグスブルク、風神、北海道
参照 (項目なし)

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