越前国全図

番号 175
名前 越前国全図
読み えちぜんのくにぜんず
サイズ(cm) 129.9 x 129.3
彩色 手書 手彩色
作者 (項目なし)
版元 (項目なし)
作成日 江戸後期
作成日 (項目なし)
地域 福井県
解説 本図には、以下のような凡例が記されている。「越前諸大名域地并高附 高丗六万三千二石七斗五舛余足羽郡福井城越前家御領 内四万千九百九十三石三斗三舛御領預外二万石府中領 高五万石坂井郡丸岡城有馬日向守殿 高五万石今立郡郡鯖江左所間部下総守殿 高四万石大野郡大野城土井能登守殿 高二万二千七百七十七石大野郡勝山城小笠原左衛門□殿 高一万石内五千石江州高島郡之内領之敦賀郡丸山村酒井右京亮殿 高三千石交代御寄合南条郡白崎村金森左京殿 高二万石越前家御附本多内蔵助殿 右之外公領私領寺社領等略之 当國惣高合六十八万五千九百五十四石八斗二舛餘千五百二十ヶ村」のほか、「越前従福井当國之内諸方道程」として里程表が記され、東西南北に十二支を加えた方位盤が記されている。また右下の隅には「齋□蔵書」の印が押されている。白山は三峰連なり全体が白に彩色されている点や、加賀国との国境の形など、図の描き方は正保国絵図に近似している。江戸幕府撰国絵図の郡数と同様に大野郡・吉田郡・足羽郡・坂井郡・丹生郡・今立郡・南條郡・敦賀郡の8郡であり、諸大名とその石高を調べると元禄期のものに近い。また「越前家御領」と記し、他の領主を殿と記している点から、本図の原本は福井に居城した越前松平家に所蔵されていたものと考えられる。しかし、越前岬付近に「北極出地三十六度線」の朱線が引かれていることから、本図は元禄期以降、おそらく江戸後期の写本と考えられる。日本海は、海全体ではなく海岸線の縁のみを青に着色されている。村形は郡別に塗り分けられてはいるが、村の石高は記されていない。墨線で示された郡境筋は、山頂が向き合う部分や「部子岳」のような高山では線が途切れており、江戸幕府撰国絵図とは異なる。村形は小判型というよりは短冊形で四角を丸めた形態をしている。城下町や旧城は、やや大きめに城下町の形で描かれ、それぞれ属す郡の色に染められている。特徴的に描かれた白山は、登山口が朱線で示され、白山本社、奥院、白山別院の社殿が描かれている。図中の神社には鳥居の図像、寺には社の簡略な図像、墓には墓石の図像が見られ、それぞれの名称が付記されているものと、図像のみが描かれているものがある。
要約 江戸後期に、民間に流布していた国図の1つ。越前国の全体を描く。図形は正保国絵図に近似し、領主名と石高は元禄期と推定されるが、越前岬付近に「北極出地三十六度線」の朱線が引かれていることから、元禄期以降、おそらく江戸後期の写本と考えられる。元禄期作成の原本は、越前松平家所蔵であったと思われる。凡例に「越前従福井当國之内諸方道程」が記され、国境の文字表記には福井などからの詳細な里程が記されており、里程を主眼に描かれた絵図と推測される。大道小道の区別があり、一里山が記されていない点、城下町を単なる方形ではなく城下町の輪郭で描いている点、白山の登山口を記している点は本図の特徴である。
キーワード 越前国、国絵図、元禄期、北緯36度線、白山
参照 海道静香「国絵図」(福井市史編さん委員会編『福井市史 資料編別巻 絵図・地図』福井市、1989年)17-29頁。海道静香「越前国」(国絵図研究会編『国絵図の世界』柏書房、2005年)159-162頁。長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観ⅩⅠ 越前國全圖」国土地理院広報、第330号(1995年)。

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