江戸實測図 (南)

番号 186
名前 江戸實測図 (南)
読み えどじっそくず みなみ
サイズ(cm) 312.0 x 192.0
彩色 手書 手彩色
作者 伊能忠敬
版元 (項目なし)
作成日 文化14年
作成日 1817年
地域 東京都渋谷・目黒・港・品川・千代田・江東区
解説 晩年の伊能忠敬による測量に基づき、縮尺6000分の1(1町を6分)で作成された江戸図の模写図である。別名「江戸府内図」と称され、手彩色で北部と南部の2枚で江戸市中を描いた。本図は、その南半分である。図中の凡例には、文化14年(1817)6月の日付で、高橋景保ほか6名が連署して、図を作製することになった背景や測量過程などが明記されている。それによれば「伊能忠敬が命を奉じて五畿七道および諸島を沿海・街道を測量したが、江戸府内は未着手であり、全国の図を作るために大路の諸駅(宿場)間の測量を結合させた。さらに府内は広大なので、翌年に府内と近郊までを測量させた。今これを2図にして進呈する」という。北は上野不忍池、東が中川、南は品川宿、西は堀之内妙法寺まで描かれている。測量は、主要な道路、街道にそって実施され、その周辺部分を景観描法によって図化しているため、この地域内の全てが図示されているわけではない。本図は、ほぼ中央に江戸城が置かれ、その回りに江戸の主要部分を配した構成となっている。江戸城内部は測量の手が入らず、内堀から描かれている。図中の記載は、各見付、橋、武家屋敷名、寺社名、町名などで、都市施設としての中軸に限られているため、都市としての江戸の構成を概括できる。また、武家地は桃色、寺社地は緑色、町地は黄土色の淡彩が施されており、江戸の土地利用をみる際にも好都合である。本図から当時の江戸市街の景観を垣間見れば、千駄ヶ谷村や西大久保村は主要道に面するため街道に沿って市街化している一方で、甲州街道沿いでは外堀から1kmも進めばのどかな農村地帯であったこと、また、中川の周辺はもともと低地であったため、開発の開始が比較的後年であり、整然とした町割りになっていること、などがわかる。
要約 晩年の伊能忠敬による測量に基づき、縮尺6000分の1(1町を6分)で作成された江戸図の模写図。別名「江戸府内図」と称され、手彩色で北部と南部の2枚で江戸市中を描いた。本図は、その南半分である。図中の凡例には、文化14年(1817)、高橋景保ほか6名が連署して、図を作製することになった背景や測量過程などが明記される。北は上野不忍池、東が中川、南は品川宿、西は堀之内妙法寺まで描かれている。
キーワード 江戸府内図、中川、品川宿、堀之内、測量
参照 飯田龍一・俵元昭『江戸図の歴史』築地書館(1988年)。日本国際地図学会・伊能忠敬研究会監修『伊能圖:東京国立博物館所蔵伊能中図原寸複製』 武揚堂(2002年)。武揚堂編『伊能図江戸府内図と2000年の東京』武揚堂(2003年)。渡邊一郎『幕府天文方御用 伊能測量隊まかり通る』NTT出版株式会社(1997年)。

ページ上部へ