利根川図志

番号 200
名前 利根川図志
読み とねがわずし
サイズ(cm) 18.2 x 25.8
彩色 木版 色刷
作者 赤松宗旦
版元 (項目なし)
作成日 安政2年
作成日 1855年
地域 利根川流域
解説 本書冒頭の序文には安政2年(1855)の年号が記され、また続く凡例には次のような一文がある。「こたびは上利根川の下なる房川ノ渡以下、赤堀川権現堂川と分かれし所より筆を起こし、中下利根川及びそれに流れ入る手賀沼印旛沼等を始め、神社仏閣名所旧跡物産を記し、銚子ノ浦に終わる。その間記載すべきもの甚だ多し。」つまり本書は、利根川の上流から河口の銚子にいたる流域の地域全般をあつかう地理書である。特に江戸川が分かれる中流から銚子に至る常陸と下総地域が詳しく取りあげられている。流域一帯の人々の生活をはじめ、動植物や伝説・風習までも扱い、神社や名所旧跡、物産、祭事なども生き生きと記述している。そのため、歴史学や民俗学の資料としても貴重な文献である。ちなみに「利根川図志」は岩波文庫におさめられ手軽に読むことができるが、その解題は民俗学者柳田国男が執筆している。この本は、赤松宗旦義知の手になり、全6冊揃いで刊行された。葛飾北斎はじめ浮世絵師や絵師が多数参加し、美しく正確な挿し絵や地図を数多く掲載している。赤松宗旦は文化3年(1806)に利根川の中流である下総布川(現茨城県北相馬郡利根町布川)に生まれ、天保9年(1838)にそこで医院を開業した。安政5年(1858)に「利根川図志」を完成させるが、その4年後の文久2年(1862)に57歳で没している。
要約 本書は、上流から河口の銚子にいたる利根川流域をあつかう地理書である。しかも流域一帯の人々の生活、動植物や伝説までも取りあげ、神社や名所旧跡、物産、祭事なども記述しているため、歴史学や民俗学の資料としても貴重な文献である。文化3年(1806)に利根川の中流である下総布川に生まれ、文久2年(1862)に57歳で没した、赤松宗旦義知の手になり、全6冊揃いで刊行された版本。
キーワード 赤松宗旦、地理書、利根川
参照 赤松宗旦著、柳田国男校訂『利根川図志』岩波書店(1938年)。長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観ⅩⅣ 利根川圖誌」国土地理院広報、第333号(1996年)。

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