銅刻 大日本増補輿地全図

番号 209
名前 銅刻 大日本増補輿地全図
読み どうこく だいにほんぞうほよちぜんず
サイズ(cm) 69.0 x 47.0
彩色 銅版 色刷
作者 若林喜兵衛
版元 (項目なし)
作成日 明治5年
作成日 1872年
地域 日本
解説 明治時代には世界地図と日本地図が数多く民間から出版されるが、その特色としては銅版印刷によって極めて大量の情報が微細な文字で記されることと、輸入顔料の使用によって鮮やかな赤色や黄色の色彩を有すること、江戸時代の版元は廃れ新たに勃興した出版元から出されること、などが挙げられる。この日本地図は九州から北海道までの日本列島の地図と、右上に付け足しの紙(19.7×14.7㎝)をもってサハリン(樺太)地域を加え、さらに周辺地域を付図にして図中に配置している。つまり、九州の南側に琉球沖縄島の図を、そして北海道南側に千島列島の図を挿入している。図の右下にある枠の傍に「木村楊堂縮写並銅鐫大阪臥龍軒銅刻」とあるが、微細な銅版印刷地図で虫メガネを使用しなければ見えないほど細やかである。この日本地図は1872年(明治5)に銅板印刷され、東京人形町の若林喜兵衛から出されたものだが、五刻つまり再版5版目というものである。図の下に記された図歴を見ると文化八年、天保八年、天保十四年、慶応三年、そして明治五年(この時に銅版印刷され、それ以前は木版印刷図であった)に5版目という江戸時代から続く息の長い日本地図である。このような事例は、わが国の地図出版史上においては珍しく興味深い資料である。日本列島の上部の表は、全国を八大区に分けた上での府県管轄表であり、郡数や県庁所在地を示す。右下の表では日本国の地理や主要都市(東京、他)の経度緯度を書き、鉄道や電線情報を載せるものの、その数はわずかである。一方、燈台の情報や東京から国内各地への海上距離数、また東京築地から諸外国の主要都市(上海やブリュッセル、他)への海上距離数などは豊富に載せられ、船の時代であったことが地図を通して感じられる。
要約 この日本地図は九州から北海道までの日本列島の地図と、右上に付け足しの紙(19.7×14.7㎝)をもってサハリン(樺太)地域を加え、周辺地域(琉球沖縄島、千島列島)を付図にして図中に配置している。微細な銅版印刷地図で虫メガネを使用しなければ見えないほど細やかである。この日本地図は1872年(明治5)に銅板印刷されたが、江戸時代から続く再版5版目という息の長い日本地図であり、地図出版史上において興味深い資料である。燈台や国内外各地への海上距離数、などは豊富に載せられ、船の時代であったことが地図を通して感じられる。
キーワード 銅版印刷地図、八大区、海上距離数
参照 (項目なし)

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