新刊輿地全図

番号 213
名前 新刊輿地全図
読み しんかんよちぜんず
サイズ(cm) 136.0 x 136.0
彩色 木版 色刷
作者 佐藤政養
版元 (項目なし)
作成日 文久元年
作成日 1861年
地域 世界
解説 江戸時代の後期、18世紀末から19世紀中頃にかけて、日本人が作成する世界地図は大きく前進進歩する。それはヨーロッパ諸国のアジア進出という時代の流れと軌を一にする。つまり、18世紀末期のロシアの南下政策に対して北海道の海岸線を実測調査するために伊能忠敬が向い(1800年)、幕府天文方高橋景保は当時世界最高水準の世界地図「新訂万国全図」(1810年)を作りあげた。また、イギリスとのアヘン戦争(1840~42年)で中国が敗北したが、幕府上層部や知識人層は強い危機感を持ち、世界地理学の必要性をいっそう強く感じた。そしてペリー来航(1853年)によって、世界地図や地理書が数多く出版され、庶民層にいたるまでその関心は広がるのである。この世界地図は、武田簡吾の「輿地航海図」と並ぶ、幕末を代表する世界地図で、明治時代なってからも大きな影響力を持った。図はメルカトル図法によるもので、原図は1857年のオランダ製の航海用地図であることが題言に記されている。つまり、原図が出てからわずか4年後に日本で刊行されたことになり、ヨーロッパの最新地図を迅速に日本人が受け入れたことが判る。大西洋を中央にして、日本を図の右端に配置していることはヨーロッパ製地図に忠実であることを示している。内容が詳しく正確なうえ、周囲には世界の主な都市・山川などの統計一覧や、大日本国旗と158の世界各国旗がある。これらは幕末開港期の世界地図の特徴で、地理的知識の啓蒙を目指している。 作者の佐藤政養(1821~77)は出羽庄内藩士で、測量や砲術などを得意とした幕末の蘭学者。序文に勝義邦(海舟)の名前が見えるが、佐藤は勝の弟子として地質、算術、測量、地図、砲術等を学んだという。
要約 この世界地図は、武田簡吾の「輿地航海図」と並ぶ、幕末を代表する世界地図で、明治時代なってからも大きな影響力を持った。図はメルカトル図法によるもので、原図は1857年のオランダ製の航海用地図であることが題言に記されている。つまり、原図が出てからわずか4年後に日本で刊行されたわけで、迅速に日本人が受け入れたことが判る。大西洋を中央にしていることはヨーロッパ製地図に忠実に従っている。周囲には世界の主な都市・山川などの統計一覧や、大日本国旗と158の世界各国旗がある。これらは幕末開港期の世界地図の特徴で、地理的知識の啓蒙を目指している。
キーワード ロシアの南下、アヘン戦争、ペリー来航、メルカトル図法
参照 織田武雄・室賀信夫・海野一隆編『日本古地図大成 世界図編』講談社(1975年)。開国百年記念文化事業会編『鎖国時代 日本人の海外知識』原書房(1978年)。長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観ⅩⅩⅩⅩⅡ 新刊輿地全圖」国土地理院広報、第364号(1998年)。三好唯義・小野田一幸編『図説 世界古地図コレクション』河出書房新社(1999年)。

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