アジア図

番号 232
名前 アジア図
読み あじあず
サイズ(cm) 53.2 x 40.6
彩色 銅版 手彩色
作者 メルカトール・ホンディウス
版元 (項目なし)
作成日 (項目なし)
作成日 1602年
地域 アジア
解説 1570年に初版が出たオルテリウスの世界地図帳『世界の舞台』に対抗し、オルテリウスとも親交のあったジェラルド・メルカトルは、全世界の地図を集めて1585年に出版した。その地図帳は、数学者・天文学者で、世界で最初に天球儀と地球儀を製作したというリビアの伝説的な王の名にちなんでアトラス(地図帳)と名付けられた。1602年に再版されている。なお、メルカトルの死後、原版を手に入れたヨドクス・ホンディウスは、1606年に新版地図帳を出版しており、一般にメルカトル・ホンディウス『アトラス』と呼ばれた。No.228「日本図」は、この地図帳に付け加えられた地図である。本アジア図は、メルカトル・ホンディウス『アトラス』に収載されたものである。ライバルであったオルテリウス『世界の舞台』(1570年版)所載のアジア図に比べると、洋上に浮かぶ帆船と左下タイトルの紋章が入れ替えられた程度で、地図の内容自体は、図の収載範囲に至るまで、ほぼ同様である。お馴染みの日本列島について言えば、1595年のテイセラ図の流れを汲むNo.228のような日本図によって、既にかなり正確な日本列島の姿が知られていたにもかかわらず、四国に当たる「TONSA」が本州の南に東西に長く横たわるオルテリウス型という形で描かれている。ホンディウスは、フランドルに生まれたが、新教徒に対する宗教的迫害を逃れるためにイギリスに亡命し、ロンドンで地図の作成、彫版を学んだ。1595年にはオランダに戻り、アムステルダムで地図の作成・出版を営むようになった。すなわち、彼も、17世紀オランダにおける地図製作の黄金時代を担った一人である。
要約 オルテリウスの『世界の舞台』(1570年初版)に対抗し、メルカトルは、1585年に世界地図帳を出版した。そして、メルカトルの死後、原版を手に入れたヨドクス・ホンディウスは、1606年に新版地図帳を出版しており、一般にメルカトル・ホンディウス『アトラス』と呼ばれた。本図は、最後者に収載されたものである。ライバルであったオルテリウス『世界の舞台』(1570年版)所載のアジア図に比べ、新味は殆どない。
キーワード メルカトル、ホンディウス、アトラス、オルテリウス、世界の舞台
参照 長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観Ⅵ ブラウの地図帳よりアジア図」国土地理院広報、第325号(1995年)。三好唯義・小野田一幸編『図説日本古地図コレクション』河出書房新社(2004年)。OAG・ドイツ東洋文化研究協会編『西洋人の描いた日本地図-ジパングからシーボルトまで-図録』OAG・ドイツ東洋文化研究協会(1993年)。

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