重訂万国全図

番号 279
名前 重訂万国全図
読み じゅうていばんこくぜんず
サイズ(cm) 198.5 x 114.5
彩色 木版 手彩色
作者 山路諧孝
版元 (項目なし)
作成日 安政2年
作成日 1855年
地域 世界
解説 No.215と同様、蘭学系世界図の一つ。18世紀前半に洋書解禁や蘭学の発達によって新しく輸入されたヨーロッパ製の地図を典拠として、蘭学者によって製作された。図法としては、当時のヨーロッパ製の世界図に主に用いられ、江戸時代後半のわが国の世界図にも多くみられる平射図法による両半球図となっている。蘭学者による公刊世界図の最初は寛政4年(1792)の司馬江漢「地球全図」であるが、本図は、それから約20年後の文化7年(1810)に幕府撰として刊行された「新訂萬国全図」を改訂した版に当たる。改訂の命が幕府から山路諧孝に対し下ったのは、さらに45年を経た安政2年(1855)である。改訂に当たっては、既に嘉永5年(1852)に「新訂坤輿略図」を出版していた新発田収蔵の協力も得ている。その元となった「新訂萬国全図」は、間重富と訳官の馬場佐十郎の協力を得て、幕府天文方の高橋景保が作製した。イギリスのアロースミスの世界図を基本として、東西の史料を収集し、完成までに三年を費やしたという。間宮林蔵に従ってカラフトを島とした、当時の最新の世界地図として評価が高い。なお、作成者の景保は、伊能忠敬の死後、彼の遺志を継ぎ、有名な伊能図「大日本沿海輿地全図」を完成に導きながら、シーボルト事件に連座して、獄死するという非業の死を遂げた。「新訂萬国全図」からの改訂内容として、まず印刷手法を銅版から木版に変えたことが挙げられる。さらに、地図の内容としては、オーストラリア大陸南部や北米大陸北岸線が大きく訂正されている。その後、明治4年(1871)に大学南校がこれに修正を加えて出版した。
要約 18世紀前半に洋書解禁や蘭学の発達により新しく輸入されたヨーロッパ製の地図を典拠に、蘭学者によって製作された蘭学系世界図の一つ。文化7年(1810)に幕府撰として刊行された「新訂萬国全図」を、幕命に従って山路諧孝が安政2年(1855)に改訂した版に当たる。「新訂萬国全図」からの改訂として、印刷手法を銅版から木版に変えたことの他、地図の内容では、オーストラリア大陸南部や北米大陸北岸線が大きく訂正されている。
キーワード 蘭学系世界図、平射図法、幕府撰、オーストラリア
参照 三好唯義・小野田一幸編『図説日本古地図コレクション』河出書房新社(2004年)。

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