下野国全図

番号 280
名前 下野国全図
読み しもつけのくにぜんず
サイズ(cm) 121.5 x 88.2
彩色 木版 色刷
作者 鶴峯彦一郎・橋本玉蘭斎
版元 東都書林・出雲寺萬次郎・和泉屋金右ヱ門・須原屋茂兵衛 他7共版
作成日 江戸時代後期
作成日 (項目なし)
地域 栃木県
解説 江戸時代の後期から末期、つまり19世紀前半から中頃に国別の地図(現在の分県地図にあたる)が多数出版される。この図は西方向を上にした下野国(現栃木県)の図で、多色刷りの美しい刊行国絵図である。街道を示す朱線が特によく目立っている。左上にある凡例には、図中の地図記号や、作者の水戸鶴峯彦一郎(戊申)と図を描いた江戸橋本玉蘭の名前が記されている。刊行年は明記されていないが、おそらく江戸時代末期、幕末近くの19世紀中頃の制作であろう。地図には村名はじめ多数の地名や道筋が記されるが、さらにそのまわりには四角枠で文字情報を記している。それらは下野国の沿革や日光山以下の神社、寺院、城下町と城主一覧、名所や名産などが記されており、この1枚の地図に地誌情報を満載し、下野国全体の地理と歴史を紹介している。たとえば城下町では「宇都宮城 戸田越前守 七万七千八百五十石 江戸ヨリ廿六里」とあり、名所には「裏見瀧 日光山中」、名産には「日光塗物類」などが記されている。左下角にある枠には、出雲寺萬次郎以下、合計10軒という数多くの東都(江戸)書林の名前があり、その最後が馬喰町二丁目の菊屋幸三郎である。菊屋は自分が中心となり、関東一円の国図の出版を多くの版元と共に手がけていることでユニークな存在である。また、鶴峰彦一郎(戊申)(しげのぶ)のような和漢洋の学問に通じた学者や、地図を多く描いた橋本玉蘭斎(浮世絵師の五雲亭貞秀)などを採用するなど、いわば地図専門出版者としての性格も持つ。
要約 この図は西方向を上にした下野国(現栃木県)の図で、多色刷りの美しい刊行国絵図である。作者は和漢洋の学問に通じた学者である水戸の鶴峯彦一郎(戊申)(しげのぶ)で、図を描いたのは江戸の橋本玉蘭斎(浮世絵師の五雲亭貞秀)である。刊行年は明記されていないが、おそらく幕末近くの19世紀中頃の制作であろう。地図には村名はじめ多数の地名や道筋が記されるが、さらにそのまわりには四角枠で地誌情報を記している。
キーワード 刊行国絵図、地誌情報、菊屋幸三郎
参照 三好唯義「近世刊行国絵図の書誌的検討」(葛川絵図研究会編『絵図のコスモロジー 上巻』地人書房、1988年)206-225頁。

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