ジャイヨ 世界図

番号 302
名前 ジャイヨ 世界図
読み じゃいよ せかいず
サイズ(cm) 63.0 x 51.0
彩色 銅版 手彩色
作者 ジャイヨ
版元 (項目なし)
作成日 (項目なし)
作成日 1692年
地域 世界
解説 アムステルダムで出版されたP.モルティール編のアトラスに含まれる、H.ジャイヨ(A.-H. Jaillot,1632~1712)によるフランス語版の大型世界地図。フランスにおける近代地図の創始者となった王室地理学者ニコラ・サンソン(1600~1667)と共同で地図の出版事業にあたったジャイヨは、サンソン没後の1681年に、サンソンの地図帳を新刻して大型本で刊行し版を重ねた。ジョイヨは1693年には、のちに実測地形図を作成するジャン・ドミニク・カッシニとも共同で「フランス海図集」(新海図集)を出版している。ジャイヨの死後も1780年まで、彼の息子たちによって、駅馬車街道を示した鉄道年鑑や地図が刊行さえ続けたとされ、ジャイヨは草創期のフランス近代地図史を担う一人であった。 本図は両半球図として描かれている世界図で、半球図の周囲には大陸名が女性名詞であることから、大陸あるいは州を象徴する8人の女性像が描かれている。フランス派の地図作製者は科学性を重んじ、オランダで流行した装飾画を排除する傾向にあったが、その点で本図は特異である。新オランダと表記されたオーストラリアは北アメリカ大陸と同様に、まだその全容が明らかになっていない。また、南極は「南方の未知の大陸」あるいはマゼランにちなむ南方の陸地「マガラニアン」と認識されている。こうした新大陸同様に、ヨーロッパ人にとって、日本北辺の地理的状況もまた未知の世界にあった。日本の本州最北端には、大陸沿岸部のPARTIED ASIF(いわゆる山丹地域)と称する地域から大きく突き出た半島が描かれているが、この半島の形状は、サハリン南東岸から北海道南岸、およびクナシリ・エトロフ両島付近を包括しているようにもみえる。ただし、その北東側におそらく蝦夷を指すTERRE DE IESSO ou IECOと書かれた広大な陸地が広がっている。同じような構図を持つアジア図が1669年にサンソンによっても作成されている。サンソンのアジア図は、1643年に当地域を航海したオランダ人フリースの探検成果に拠っており、ジャイヨの世界図もそうした成果を踏襲している。
要約 1692年にアムステルダムで出版されたH.ジャイヨによるフランス語版の大型世界地図。ジャイヨは、1681年にはフランス王室地理学者であったニコラス=サンソンの地図帳を新刻するなど、草創期のフランス近代地図史を担った。本図では、本州最北端に大陸沿岸部の半島が大きく突出し、その北東側に蝦夷地の広大な陸地が広がっている。当時の日本北辺は新大陸と同様に、ヨーロッパ人にとって未知の世界にあったことが伺える。
キーワード ニコラス=サンソン、日本北辺、蝦夷
参照 三好唯義『図説 世界古地図コレクション』河出書房新社(1999年)。R.V.トゥーリー・C.ブリッカー/矢守一彦(訳)『世界古地図』日本ブリタニカ(1981年)。九州大学総合研究博物館HP。明治大学附属図書館(蘆田文庫)HP(http://www.lib.meiji.ac.jp/ashida/)。

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