伊豆国輿地全図

番号 60
名前 伊豆国輿地全図
読み いずのくによちぜんず
サイズ(cm) 62.9 x 49.2
彩色 木版 色刷
作者 鶴峯彦一郎
版元 菊屋幸三郎
作成日 嘉永2年
作成日 1849年
地域 静岡県東部
解説 江戸時代の後期から末期、つまり19世紀前半から中頃に国別の地図(現在の分県地図にあたる)が多数出版される。この図は西方向を上にした伊豆国(現静岡県)の図で、多色刷りの美しい刊行国絵図である。図中にある朱線は道筋を示し、特によく目立っているが、それに沿って村名が小判型印の中に記されている。右下にある凡例には、図中の地図記号や、作者の鶴峯彦一郎(戊申)(しげのぶ)の名前が記されている。刊行年も嘉永2年(1849)と明記されている。図の右上に図名「伊豆国輿地全図」と記されるが、「輿地」(よち)とは土地といった意味である。地図には村名はじめ多数の地名や道筋が記される。この時代の刊行国絵図には、図のまわりに多くの情報(郡名、寺社、名所旧跡、名産など)がびっしりと書き込まれることが普通だが、本図にはそれらはみられない。凡例の最後には、「(江戸)馬喰町二丁目菊屋幸三郎版」と版元名が記されている。ここでは菊屋一軒のみであるが、彼は自分が中心となり関東一円の国図の出版を多くの版元と共に手がけていることでユニークな存在である。また、鶴峰彦一郎(戊申)のような和漢洋の学問に通じた学者や、地図を多く描いた橋本玉蘭斎(浮世絵師の五雲亭貞秀)などを採用するなど、いわば地図専門出版者としての性格も持つ。
要約 この図は西方向を上にした伊豆国(現静岡県)の図で、多色刷りの美しい刊行国絵図である。刊行年は嘉永2年(1849)と明記されている。図中にある朱線は道筋を示し、それに沿って村名が小判型印の中に記されている。右下にある凡例には、図中の地図記号や、和漢洋の学問に通じた水戸の鶴峯彦一郎(戊申)の名前が記されている。
キーワード 刊行国絵図、菊屋幸三郎、鶴峯彦一郎(戊申)(しげのぶ)
参照 三好唯義「近世刊行国絵図の書誌的検討」(葛川絵図研究会編『絵図のコスモロジー 上巻』地人書房、1988年)206-225頁。

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