越中国図

番号 74
名前 越中国図
読み えっちゅうのくにず
サイズ(cm) 53.4 x 36.0
彩色 手書 手彩色
作者 (項目なし)
版元 (項目なし)
作成日 (項目なし)
作成日 (項目なし)
地域 富山県
解説 越中国を描いた小型の手書き国絵図である。作成者・作成年代は不明。内題は「越中國」となってはいるが,越中国南側部分がほとんど描かれていない。このため射水郡以外の3郡は紙面に収まる範囲しか描かれず,越中国一国の全容を知ることはできない。使われている色は朱と墨の2色で,街道と航路を朱線で引く以外は,郡境線や村形,山稜線などをすべて墨一色で表している。村は小判型で表され,その内部に村名を記載しているが,村高は記載されていない。城下である富山は小判型ではなく方形で描かれているが,村形と同じ大きさであることや虫食いの箇所となっていることから目立たない。本図は村名を記載していない村や彩色がされていない村もあることなどから下書きとも考えられる。越中国は黒部奥山で知られる山岳地帯を有することでも知られ,本図にも国境の山々は越中国から望む形で山稜線が多数描かれている。特に,立山・剣山とみられる箇所は険しい山稜線が複数描かれているが,文字注記や彩色はなされていない。立山のさらに外側には信濃国との国境となる山稜線が描かれており,立山は国境に位置する山として描かれていない。このことから,加賀藩が飛騨・信濃・越後との国境の山々をほぼ確認し,黒部奥山・後立山地域を描くようになった延宝6(1678)年以降の越中国を描いているのではないかと考えられる。
要約 越中国を描いた小型の手書き国絵図。作成者・作成年代は不明。内題は「越中國」となってはいるが,越中国南側部分がほとんど描かれていない。使われている色は朱と墨の2色で,街道と航路を朱線で引く以外は,郡境線や村形,山稜線などをすべて墨一色で表している。立山は国境に位置する山として描かれていないことから,加賀藩が飛騨・信濃・越後との国境の山々をほぼ確認し,黒部奥山・後立山地域を描くようになった延宝6年(1678)以降の越中国を描いているのではないかと考えられる。
キーワード 越中国、国絵図、立山
参照 国絵図研究会編『国絵図の世界』柏書房(2005年)。氷見市史編さん委員会編『氷見市史8 資料編六 絵図・地図』氷見市(2004年)。富山県立山博物館『絵図に見る加賀藩と黒部奥山』富山県(2002年)。

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