日光御山之絵図

番号 81
名前 日光御山之絵図
読み にっこうおやまのえず
サイズ(cm) 44.2 x 32.4
彩色 木版 色刷
作者 植山弥平
版元 (項目なし)
作成日 (項目なし)
作成日 (項目なし)
地域 栃木県 日光
解説 本図は、江戸時代に作成された社寺参詣図である。枠の部分や文字の不明瞭なため、初版本ではない。表紙には題簽が貼り付けられている。虫食いのあとが見られ、裏打ちして補強されている。作成年は不明だが、作成者は植山弥平で、絵図の左下の「御免 御絵図所 植山弥平」という文言がある。「御免」とは東照宮の宮司が許可したことを意味し、この絵図が宮司の了承の下上で発売されたことが分かる。同じく絵図の左下に、「此絵図外ヨリ売出し不申候」の記述があり、商業的なアピールとして目を引く。注目すべき点の1つは、黒丸に白抜きで東西南の方角が示されていることである。なぜ北の方角だけが記されていないのかは分からない。この絵図は稲荷川と大谷川の2つの川に囲まれるように日光が描かれているが、日光東照宮が絵図の中央部には描かれず、中央右上に描かれている。絵図の左側には中禅寺湖と坂東十八番札所が描かれており、これを絵図に描こうとしたために日光東照宮の位置が中央からずれされたと考えられる。記されている道順では、東照宮での参詣を終えた後に、中禅寺湖や坂東十八番所へ立ち寄るように導かれている。この絵図には数多くの宿坊が記されており、参詣に来た人々が宿坊を探す際に役に立ったのではないかと考えられる。絵図の中央やや右下にある「石鳥居」の横に「黒田氏」、「五十塔」の横に「酒井氏」の文字があり、近くに描かれている2人の人間と絵図右下にいる2人の人間である。この文字は明らかに後筆であり、この絵図の購入者によって加えられたと考えられる。しかし、どのような意図があってこの文字を書き加えたかは不明である。同じように4人の人間が2人一組のように描かれているが、これらも後から購入者が自分たちを表そうとして書き入れた可能性もある。
要約 江戸期に作成されたと考えられるこ日光の社寺参詣図。作成者は植山弥平。この絵図では、日光東照宮のほかに、中禅寺湖と坂東十八番所を含む。絵図にはそれぞれの宿坊の場所が細かく明記されており、参詣者のニーズに対応している。
キーワード 植山弥平、東照宮、社寺参詣図
参照 長岡正利「国土地理院所蔵地図史料展観XⅡ 日光御山之絵図」国土地理院広報、第331号(1996)。

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