大日本輿地便覧 乾

番号 168
名前 大日本輿地便覧 乾
読み だいにほんよちべんらん けん
サイズ(cm) 1601.6 x 25.8
彩色 木版 色刷
作者 齋藤謙(津藩)
版元 (項目なし)
作成日 天保5年
作成日 1834年
地域 日本
解説 乾坤2帖で1組となる分国図帳であり、著者は山崎義故(よしふる)、斎藤拙堂が序文を寄せている。分国図帳とは諸国の国別の図を掲載した地図帳である。つまり本形式の地図であり、折りたたみ形式の地図がほとんどである江戸時代においては、地図帳の地図は珍しい。山崎義故は伊勢国津の人で、和漢の学問に通じ、藩校有造館の創設に関わった。また、斎藤正謙(拙堂は号、1797~1865年)は津藩の優れた儒者で、藩校有造館で子弟の教育に携わったが、特に19世紀前半の対外情勢や世界地理の研究を重視した。 本書の概要を記すと、最初に斎藤拙堂の序文(「天保五年歳在甲午夏四月津藩斎藤正謙撰」)があり、次に日本総図である「大日本輿地全図」、それから山城国以下、1国を1図または数図に描いた諸国図74葉が、五畿七道の順に掲載される。そして世界図である「五界万国地球全図」があり、地図合計は76葉となる。最後に著者の跋文「輿地便覧之しりへに云」(天保五年甲午五月吉津藩松居山崎義故七十九歳みつから書)で終えている。 本資料は乾坤一組の乾の方で、畿内5ヶカ国(山城、大和、河内、和泉、摂津)、東海道15ヶ国(伊賀、伊勢、志摩、尾張、三河、遠江、駿河、伊豆、甲斐、相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸)、東山道8ヶ国(近江、美濃、飛騨、信濃、上野、下野、陸奥、出羽)、そして北陸道7ヶ国(若狭、越前、加賀、能登、越中、越後、佐渡)までの諸国図を掲載し、そこには郡名、城下町や村、河川や山、寺社などが詳細に記載されている。ほとんどの国は見開き1葉で描かれるが、広大な面積を有する陸奥国は4葉に、出羽国は2葉にわたっている。
要約 乾坤2帖で1組となる分国図帳であり、著者は山崎義故(よしふる)、斎藤拙堂が序文を寄せている。分国図帳とは諸国の国別の図を掲載した地図帳である。つまり本形式の地図であり、折りたたみ形式の地図がほとんどである江戸時代においては、地図帳の地図は珍しい。本資料は乾坤1組の乾の方で、畿内5ヶ国、東海道15ヶ国、東山道8ヶ国、そして北陸道7ヶ国までの諸国図を掲載し、そこには郡名、城下町や村、河川や山、寺社などが詳細に記載されている。作者である山崎義故、斎藤正謙(拙堂は号、1797~1865年)は津藩の藩校有造館で子弟の教育に携わった。
キーワード 山崎義故、斎藤拙堂、分国図帳、五界万国地球全図
参照 矢守一彦『古地図への旅』朝日新聞社(1992年)。矢守一彦『日本国誌資料叢書関係国絵図大日本輿地便覧抄』講談社(1977年)。

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