蝦夷地澗絵図

番号 272
名前 蝦夷地澗絵図
読み えぞちふなまえず
サイズ(cm) 117.5 x 64.5
彩色 木版 色刷
作者 (項目なし)
版元 (項目なし)
作成日 (項目なし)
作成日 (項目なし)
地域 北海道・樺太(サハリン)・千島(クリル)諸島
解説 本図は、畳帖(たとう)の題簽外題には「蝦夷全図」とあるが、内題に「蝦夷地澗絵図」とある木版多色刷の北方図である。「澗(ふなま)」とは湊を指し、本図ではそれを上澗(○印)・中澗(○△印)・下澗(△印)の3ランクに区分されており、図中に澗の位置が記号で図示されている。内題の注記には、「松前ヨリ江指ヘ十八里江指ヨリ熊石ヘ九里熊石ヨリスツキ(寿都)へ二十五里…(中略)…宗谷ヨリモン別(紋別)ヘ七十五里モン別ヨリシヤリ(斜里)へ四十里也」と、西蝦夷地の沿岸海里の里程が記されている。図の中央部に蝦夷地やクナシリ島やエトロフ島、左端(南西)には津軽・外南部の本州北部、右端(北東)には「ウルコ島(フッコ島トモ云)」、上側(北西)には大陸部の「サンタン(山丹)」と「カラフト(島)」が描かれている。この他に、大きく描かれた「シコタン(色丹)島」や歯舞諸島もみえる。「カラフト」の形状は松前藩士加藤肩吾が寛政三年(1791)頃に作成した「松前地図」に拠っているとされる。松前地(藩領地)は本州北部と同じく萌黄色で着色されており、西蝦夷地側は熊石、東蝦夷地側は箱館付近に関所記号がみえる。類似の絵図としては、18世紀末~19世紀初頭にかけて江戸で出版された「蝦夷之地略図」や「松前島々細見之図」、「文化改正拾遺日本北地全図」などがある。本図も含め、これらの絵図は蝦夷地(北海道)が右肩上がりの特徴ある形状を示すとともに、海路や船澗の有無、海里の里程や方位、陸路の里程などが図示されていて、実用蝦夷地図としての特徴を持っている。蝦夷地が寛政11年(1799)に東蝦夷地が幕府直轄領となり、蝦夷地への関心の高まりとともに、これらの実用性を備えた蝦夷図が多数刊行されたと考えられている。なお、本図では確認できないが、本来本図には、林子平の『三国通覧図説』中の「蝦夷国図説」から抜粋した蝦夷地の地勢や産物、アイヌの習俗を紹介した概説文ならびに2枚のアイヌ絵が付記されていたと思われる。
要約 作成年・作者は不明であるが、内題に「蝦夷地澗絵図」とある木版多色刷の北方図。「澗(ふなま)」とは湊を指し、本図ではそれらを3ランクに分けている。18世紀末~19世紀初頭にかけて江戸で類似の蝦夷図が多数出版された。これらの絵図の特徴は、蝦夷地が右肩上がりの形状を示すことで、海路や船澗の有無、海里の里程や方位、陸路の里程などが図示されていて、実用蝦夷図としての特徴を持っている。
キーワード 蝦夷図、澗(湊)、実用蝦夷図、里程
参照 秋月俊幸『日本北辺の探検と地図の歴史』北海道図書刊行会(1999年)。梅木通徳『蝦夷古地図物語』北海道新聞社(1974年)。高木崇世芝『北海道の古地図 』五稜郭タワー(2000年)。高倉新一郎『北海道古地図集成』北海道出版企画センター(1987年)。船越昭生『北方図の歴史』講談社(1976年)。

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