豆州修善寺温泉場改図

番号 297
名前 豆州修善寺温泉場改図
読み ずしゅうしゅぜんじおんせんばあらためず
サイズ(cm) 52.2 x 38.3
彩色 銅版
作者 松岡友吉
版元 次木孫三郎
作成日 4/25/1901
作成日 1901年
地域 静岡県 伊豆
解説 明治期の伊豆国修善寺温泉を描いた銅版印刷の図である。豆州は現在の静岡県にあたり,修善寺は伊豆半島北部にある歴史ある温泉地として知られている。 本図では,修禅寺とその周辺の温泉場を描く。緒言には,修善寺温泉は延暦年間に弘法大師によって発見されたことや各源泉の特殊な効能について記されている。また,本図は8ケ所の共同浴場(珍の湯,石湯,箱湯,杉の湯,独鈷の湯,河原湯,真湯,馬湯)と18ケ所の各温泉旅館内に設けられた浴場(菖蒲湯,桂の湯,雪の湯,共楽泉,花の湯,大同霊泉,寺湯,瀧湯,岩の湯,杉の湯,壷の湯,藤の湯,緑の湯,黄園霊泉,盤中泉,明治温泉,白糸の湯,保生泉)の名称を記載しており,内湯旅館が当時盛況であったことがわかる。さらに町の中央を「桂川」(修善寺川)が流れ,地勢が東側に向かって開けた修善寺は空気爽清,凌寒で避暑に適することが記され,道や川の両側には旅館やタバコ屋,洋食店,牛屋,床屋,人力車場などが建ち並び,往来には徒歩のほか四輪車馬や人力車で行き交う人々が描かれている。修善寺温泉場が避暑地としても有名になりつつあった様子が窺える。また,修善寺の発展に関係したのが交通網の整備である。東海道線は明治20年(1887)に国府津まで,明治22年には御殿場経由で沼津(~静岡)まで開通しており,豆相鉄道(現在の伊豆箱根鉄道)の南条駅~大仁駅間が開通したのは明治32年のことである。修善寺温泉へのアクセスが便利になると多くの文人墨客が訪れるようになり,修善寺を題材とした作品も生まれた。なお,大仁駅~修善寺間が結ばれるのは,大正13年(1924)駿豆鉄道(現在の伊豆箱根鉄道)の開通によってである。 作者である松岡友吉,版元である次木孫三郎については詳しいことは不明である。
要約  明治期の伊豆国修善寺温泉を描いた銅板印刷の図である。豆州は現在の静岡県にあたり,修善寺は伊豆半島北部にある歴史ある温泉地として知られている。本図は,修禅寺とその周辺の温泉場を描く。8ケ所の共同浴場と18ケ所の各温泉旅館内に設けられた浴場の名称を記載しており,内湯旅館が当時盛況であったことがわかる。道や川の両側には旅館や商店が建ち並び,修善寺温泉場が避暑地としても有名になりつつあった様子がうかがえる。
キーワード 松岡友吉、次木孫三郎、明治34年、伊豆国、修善寺温泉
参照 (項目なし)

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