淡路国図 全

番号 69
名前 淡路国図 全
読み あわじのくにず ぜん
サイズ(cm) 79.5 x 36.0
彩色 手書 手彩色
作者 (項目なし)
版元 (項目なし)
作成日 (項目なし)
作成日 (項目なし)
地域 兵庫県淡路島
解説 写図とみられ、街道が朱筋、海岸線が薄い藍色で縁取られている以外は、淡路一国を描いた墨書手書きの見取絵図である。幕府撰淡路国絵図は国文学研究資料館および徳島大学附属図書館に5種7鋪が確認されるが、それらと比して、島の形状が全体的に細く、幕府撰国絵図に特有の村形記載や郡別高目録の記載はない。各村(藩政村)の境界線が描き込まれているのが本図の特徴で、同種の国図としては、国文学研究資料館の蜂須賀家文書に収録されている「淡路御国図」(年代不明)があり、その形状も本図によく似ている。本図の凡例は「御屋敷」(□印)、「諸名所」(黒丸印)、「古城蹟」(赤丸印)の3種類であることから、本図の作成目的は名所図会的な性格をもつとみられる。「御屋敷」としては、岩屋浦、江井浦、須本(洲本)城下、由良浦、福良浦の5ヶ所に確認できる。「諸名所」を示す黒丸印は島内で約50ヶ所に打たれているが、その中には名称の注記を欠くものが10ヶ所程度ある。おもな名所としては、「輪鶴羽山」や「高神子山」、「(鮎屋)滝」などの自然に関する名所や、「一ノ宮」・「天神」・「庚申」・「日光寺」といった宗教施設などが多いが、志筑浜浦の「静塚」、楠木村の「温泉」などもあがっている。また、「諸名所」の黒丸印は付されていないが、岩屋浦の「篭松」、慶野村の松原(慶野松原)、福良(阿波・東浦)街道沿いには、松や松並木が絵画的に描かれている。この他、御崎(岬)地名や海岸部・小島の呼称も詳しく記載されている。「古城蹟」は42ヶ村・浦に合計44ヶ所を数え、その多くは中世後半に群雄割拠した豪族の拠点とみられる。また、天正13年(1585)の豊臣秀吉による淡路平定後に、須本城主となった脇坂安治が出城とした岩屋城や由良城、豊臣家領の代官石川紀伊守の志知城なども含まれる。「淡路御国図」も「御屋敷」、「古城跡」、「神社仏閣古蹟」の位置を示す目的で作成されたものであり、村の境界線は岩屋街道(東浦道)と中街道(西浦道)沿線の村々しか描かれていないが、本図と同系統の絵図といえる。
要約 幕府撰国絵図の系統とは異なる淡路一国を描いた墨書手書きの見取絵図で、年代は不明。形状や記載内容は、国文学研究資料館の蜂須賀家文書の「淡路御国図」(年代不明)と類似。本図の凡例は「御屋敷」(□印)、「諸名所」(黒丸印)、「古城蹟」(赤丸印)の3種類であることから、本図の作成目的は名所図会的な性格をもつとみられる。「御屋敷」は5ヶ所、「諸名所」は約50ヶ所、「古城蹟」は44ヶ所が確認される。
キーワード 淡路御国図、名所図会、御屋敷、諸名所、古城蹟
参照 平井松午「淡路国」(国絵図研究会編『国絵図の世界』柏書房、2005年)251-254頁。

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