播磨国細見図

番号 9
名前 播磨国細見図
読み はりまのくにさいけんず
サイズ(cm) 124.6 x 105.3
彩色 木版
作者 山下重政
版元 摂城書林 村上伊兵衛
作成日 寛延2年
作成日 1749年
地域 兵庫県南西部
解説 江戸時代の後期から末期、つまり19世紀前半から中頃にかけて国別の地図(現在の分県地図にあたる)が多数出版される。ただ、それらの先駆けともいうべき図が18世紀においてみられる。刊行された国図の中で最も古い刊年を記すものは宝永6年(1709)「河内国絵図」で、他の畿内諸国(大和、山城、和泉、摂津)やそれらの周辺である近江や播磨の国図が、18世紀において刊行を見る。その点では、この播磨国図は刊行国図の中では早い段階のものとして位置づけることができる。この図は南方向を上にした播磨国(現兵庫県南西部)の刊行国図である。本図は色刷り図ではなく着色もされていないが、他所には手彩色図が存する。図の右側に図名「播磨国細見図」と記される。図の左端に本図の凡例を配置し、図中に使用している記号を掲げている。地図には村名はじめ多数の地名や道筋が記されるが、さらにそのまわりにはおびただしい文字情報を記している。それらは播磨国の沿革や郡名、神社仏閣、名所旧跡とそれにまつわる和歌、土産などが記されており、この一枚の地図に地誌情報を満載し、播磨国全体の地理と歴史を紹介している。右下隅には、作者の山下重政の名を記し、あわせて6名の校合者の名前を連ねている。それらは赤石(明石)、三木、高砂、姫路、坂越、浪花など各地の人材を投入していることが示され、詳細で正確な地図作りを目指していたことが判る。出版元は大坂の村上伊兵衛である。また本図は着色されていないが、方位「西」記号のすぐ下に記載される「美作境姫路ヨリ十三里半 土井町へ出道」から佐用、三月、そして姫路の西に当たる飾西までの道筋に朱色を入れて目立たせており、この地図の所有者が利用した跡がある。
要約 本図は南方向を上にした播磨国(現兵庫県南西部)の刊行国図である。色刷り図ではなく、着色もされていない。図の右側に図名「播磨国細見図」と記され、図の左端に本図の凡例を配置し、図中に使用している記号を掲げている。地図には村名はじめ多数の地名や道筋が記されるが、さらにそのまわりにはおびただしい文字情報を記している。それらは播磨国の沿革や郡名、神社仏閣、名所旧跡とそれにまつわる和歌、土産などが記されており、この一枚の地図に地誌情報を満載し、播磨国全体の地理と歴史を紹介している。
キーワード 刊行国図、山下重政、校合、村上伊兵衛
参照 国絵図研究会編『国絵図の世界』柏書房(2005年)。三好唯義「近世刊行国絵図の書誌的検討」(葛川絵図研究会編『絵図のコスモロジー 上巻』地人書房、1988年)206-225頁。

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