伊能中図 九州南半

番号 278
名前 伊能中図 九州南半
読み いのうちゅうず きゅうしゅうなんはん
サイズ(cm) 160.0 x 168.0
彩色 手書 手彩色
作者 国土地理院(原図は伊能忠敬)
版元 (項目なし)
作成日(和暦) 昭和20~30年代(原図は文政4年)
作成日(西暦) 1945~1964年頃(原図は1821年)
地域 九州南半
解説 本図は、文政4年(1821)に幕府に上呈された「大日本沿海輿地全図」正本の中図8鋪のうち、「九州南半」図幅の模写図である。「大日本沿海輿地全図」は、伊能忠敬の測量隊が寛政12年(1800)から17年間にわたって日本沿岸を測量し、文政4年(1821)に完成した実測日本図で、手書き彩色からなる大図・中図・小図の3種類がある。伊能中図は縮尺1里6分(21万6000分の1)で全国を8分割した。国土地理院によれば、本図は東京国立博物館所蔵の伊能中図を、昭和20年代か30年代に職員が模写したものである。展示用にセルロイドを被せラワン材に貼られていたが、平成10年(1998)に補修され軸装された。本模写図の原本となる東京国立博物館所蔵の伊能中図は、三河吉田藩主旧蔵本の「日本沿海輿地図」で精度の高い副本とされる。本図はこれを模写したもので、同じく国土地理院が所蔵し、明治7年(1874)以降に陸軍参謀局が模写したとされるNo.185伊能中図「九州南半」には表記されていない半円形のコンパスローズで示される接合記号や経緯度数も記載されている。ただし、本図の色合いは東京国立博物館所蔵の伊能中図と多少異なるとともに、天測地点や駅名、国境や郡境などの記号がみられない。模写した際に、原本の内容を取捨選択し作成したと考えられる。本図の記載範囲は、北西端は現在の熊本県天草郡苓北町、球磨川河口、北東端は大分県の沖宮島で、南は屋久島・種子島までを描き、第7~8次測量(1809~14年)の成果にもとづいている。北緯30度から32度までの3本の緯線と、それに斜交する西4度から西6度までの経線が引かれている。
要約 東京国立博物館所蔵の伊能中図「日本沿海輿地図」の「九州南半」を、第二次世界大戦後に国土地理院職員が模写した図で、平成10年(1998)に補修された。同じく国土地理院が所蔵し、明治7年(1874)以降に陸軍参謀局が模写したとされるNo.185伊能中図「九州南半」には表記されていない接合記号や経緯度数も記載されているが、天測地点や駅名、国境や郡境などの記号を欠く。
キーワード 国土地理院、伊能中図、摸写図、九州南半
参照 大谷亮吉『伊能忠敬』岩波書店(1917年)。国立歴史民俗博物館編『秋岡コレクション 日本の古地図』国立歴史民俗博物館(1988年)。東京国立博物館編『伊能忠敬と日本図』東京国立博物館(2003年)。東京地学協会編『伊能図に学ぶ』朝倉書店(1998年)。日本国際地図学会・伊能忠敬研究会監修『伊能圖:東京国立博物館所蔵伊能中図原寸複製』武揚堂(2002年)。保柳睦美編著『伊能忠敬の科学的業績 日本地図作成の近代化への道』古今書院(1974年)。渡辺一郎編『図説 伊能忠敬の地図をよむ』河出書房新社(2000年)。渡辺一郎編『忠敬と伊能図』アワ・プランニング(1998年)。

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